若い人に知ってほしい。西城秀樹さんは偉大なスターだった。

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若い人に知ってほしい。西城秀樹さんは偉大なスターだった。

西城秀樹さん(本名・木本龍雄=きもとたつお)さんが16日午後11時53分急性心不全のため63歳で亡くなられたとニュースが流れてた時、昭和を代表する国民的大スターだった西城秀樹さんは、私達の憧れで青春を彩ってくれた人だったので驚きと寂しさに胸が一杯になりました。

西城秀樹さんが歌っていると、合いの手のようにファンの掛け声「ヒデキ」の声はスターと私達の距離を縮めました。「恋する季節」がヒットを飛ばし、その後「傷だらけのローラ」で腹の底から声を刺激的に出して歌っている姿はカッコよくて、眩しかったです。

一番の大ヒット曲の「YOUNG MAN」はアメリカの国旗模様の衣装でさっそうと現れて、歌に合わせて振り付けて踊るのは有名で、私も学校の放課後に友達と歌って振り付けまねをしていました。

また、CMではバーモンドカレーで「ヒデキ感激」と言う言葉は当時の流行語にもなり、国民全体に西城秀樹さんの影響力があったと思います。

今はネットで有名人と繋がるツールTwitterなどがありますが、私達の時代はスターは雲のように遠い存在で、テレビ、レコード、コンサート以外に、雑誌「平凡」「明星」等のアイドル雑誌があり、当時は私は山口百恵さんのファンでよく買っていました。

2つ上の姉は西城秀樹さんのファンだったので、その雑誌に載っている西城秀樹さんを切り取りクリアファイルの下敷きに、プロマイドのように入れて学校へ持って行っていました。

ドラマ番組では視聴率が高かった「寺内貫太郎一家」貫太郎父親役の小林亜星さんと、その息子周平役の西城秀樹さんがドラマの中で夕飯を食べているといきなり喧嘩になり、小林亜星さんと西城秀樹さんが狭い部屋の中で障子を倒しドタバタと取っ組み合いをするのが、ハラハラドキドキしながら可笑しくて、その番組を楽しみに見ていました

西城秀樹さんは、歌唱力、ダンスも上手く子供からお年寄りまで皆が大好きでした。オーラが眩しくて輝いていた人でした。その方が亡くなる事はとても残念で仕方ないです。

そして、西城秀樹さんと年齢も近い私は急性心不全で亡くなられた事も、ひとごとではないと感じました。

特に、中高年の男性の方は気を付けなければいけないと思います。それは日本独特の社会構造がアルコール、油濃い物を夜中に食べることになり、不摂生の蓄積を作り成人病をまねき、急性心不全などなる方が多いんだと思います。私達は体が資本です。気を付けていきましょう。K.T



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