「村田諒太」の防衛戦での敗戦に思うこと 

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最近ではスポーツに関しても女性の活躍が非常に目立っていて、其の種目も色々とありますが、例えば女子のボクサーも評判を呼んでいるようで、其れも若い美人のボクサーが大活躍していて女性のボクシングファンや人気も多いとされています。

ボクシングといえば日本ボクシング協会でも会長職の山根明氏の独裁体制が大きなニュースにもなりましたが、其の批判的なプロボクサーの一人にオリンピックで金メダルを獲得した村田諒太氏がいます。

今回は、其の村田諒太氏が世界チャンピオンになって喜びも束の間、2回目の防衛線で敗戦を喫したニュースについて取り上げたいと思います。

オリンピックで数10年ぶりで金メダル(ロンドンオリンピック)をもたらした村田諒太は、後にプロに転校してミドル級の世界チャンピオンになりましたが2度目の防衛戦でタイトルを失いました。 

彼は1986年1月生まれで、身長・182センチ、体重が77キロで東洋大学での職員をしている傍ら、高校時代はボクシングの名門である南京都高校の2年以降、国民体育大会(インターハイ)、高校のボクシング選抜大会などにも連勝し5冠を達成している。  

その後、2012年にはオリンピック代表として其の年の8月に行われたロンドンオリンピックでは、男子ボクシング・ミドル級の部門で待望の「金メダル」を獲得した。これは、過去に行われた東京オリンピックでのバンタム級の桜井孝雄氏(故人となっている)以来、日本人として実に48年ぶりの快挙となった。

その後、彼は2013年にプロに転向して、14戦目の時に初の世界チャンピオンに輝いた。
初の防衛戦では初勝利を得て防衛を果たしたが、しかし、先般の2018年10月20日、念願の米ラスベガス行われたボクシングのWBAミドル級タイトルマッチにおいて、地元アメリカのロブ・ブラント選手に3対0の判定で敗れ、世界チャンピオンを明け渡したのでした。

この模様は、国内のテレビでは放送されませんでしたが、プロ・ボクシングファンの愛好者を始め、日本国内のボクシングファンにとって、其れに何と言っても村田氏本人にとって、この敗戦は「無念」の一言に尽きるのではないだろうか。 

WBA世界ミドル級チャンピオンの村田諒太氏(帝拳)は日本時間の先月21日に、中学生の頃から念願だったアメリカのラスベガスのリングで散ったのである。 

当時、ランキング3位の指名挑戦者であったロブ・ブラント(地元アメリカ)を迎えた2度目の防衛戦は、実質は大差の判定負けを喫し、1年間守った王座からあっけなく陥落したのである
是非、村田諒太の再起を願っていることろです。

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