不妊症の治療にチャレンジした辛い日々

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不妊症の治療にチャレンジした辛い日々

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不妊症の治療にチャレンジした辛い日々

私の母親は保母さんでした.

近所の子供たちの親御さんが不在になる際にはボランティアで子供たちの面倒を家で見ることもありました。

そしてそんな子供たちの世話を私も手伝っていました。

そんな環境で大人になった私は子供が大好きでしたので、結婚したら自分の子供をどんな風に可愛がったり、どんな風に育てるかをよく思い描いていました。

そしてテレビや本などで可愛らしい名前の子供を見るたびに、自分の子供にはそんな可愛らしい名前を付けたいと思って、子供の名前まで考えることも良くありました。

・30歳で結婚

そんな私は20代後半に大好きな男性と出会って、30歳の時に結婚することが出来ました。

そしてすぐにでも大好きな主人の子供が欲しいと願いました。

ただ主人の仕事はとても忙しくて、子供を持つ心の余裕はありませんでした。

ですので結婚してから1年ほどは子供を授かることが出来なくても、仕方がないと思っていました。

・子作りに励む

でも1年を過ぎたころから、主人と何度も話して子作りに励みました。

まずはネットで情報を集めて、タイミングを計ったり、葉酸などのサプリメントを飲んだりして、妊娠出来ることを毎日、願っていました。

でもそれから2年が過ぎても私は妊娠することが出来ませんでした。

そして生理が来るたびに悲しくて泣きました。

特に生理が始まるのが少し遅れた月には、「もしかして妊娠できたかもしれない」と期待して、その後に生理が始まるとショックで落ち込んだことも何度もあります。

・産婦人科で検査を受ける

このままでは赤ちゃんを授かることが出来ないかもしれないと焦って、産婦人科に相談に行ってみました。

そして主人も私も色んな検査を受けてみました。

その検査の中にはとても痛みを伴うものもあって辛かったのですが、その検査を受けたことによって、卵管の通りが良くなる可能性もあるとお医者さんから聞いたので我慢しました。

そして色んな検査を受けた結果、主人にも私にも赤ちゃんを授かることが出来ない特別な理由を見つけることは出来ませんでした。

その検査結果を聞く時は毎回、複雑な気持ちでした。

なぜなら不妊症の原因が分かって、妊娠できないと言われるのはショックでしたが、原因が分からないまま、妊娠できないことにも歯がゆさを感じたからです。

原因がハッキリしたらその不妊症の治療を受けることが出来ますが、原因が分からないことには治療をすることが出来なかったからです。

・不妊治療を始める

でも妊娠できない特別な理由は無かったので、私たちは不妊治療を始めました。

最初はタイミング法から初めて、その後に人工授精などの治療を頑張りました。

その治療を10年近く続けてみましたが、残念ながら子供を授かることは出来ませんでした。

・まとめ

不妊治療の結果がダメだった時には悲しくて悲しくて、何度も泣きましたし、落ち込んで何もする気が起きませんでした。

精神的にも体力的にもボロボロになりました。

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