最低な職場環境で働きました。

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最低な職場環境で働きました。

私は夫と知り合い結婚して、夫の住む街にお嫁に来るまでは、自動車最大手メーカーの関連会社で、情報処理業務をしていました。

その時の職場は皆さん優しくて気品があって、職場の環境も情報処理室だったので、空調も20~25℃で一定に設定されており、早出勤務が隔週でありましたが残業もなく、余裕を持った人員配置だったこともあって、有休も自由に取得可能で、お給料も良かったので、精神的なゆとりと言うものを感じ、職場で食事会などもあって、比較的、穏やかな会社員生活を送っていました。

今にして思えば、あれが最大手自動車メーカーの事務職なんだと思い返し、もうあの優雅な日々は帰らないと思うと、時々、寂しくなって、後悔したりして、夫に愚痴ったりしていますが、もうそんなことを考えてもどうにもならないので、今は前だけを見て歩いていこうと頑張っています。

そんな私が結婚後、子供を二人出産して、子育てに励みつつ、夫の実家の敷地内にマイホームを新築したり、子供達が幼稚園や小学校に進学していく中で、段々と出費が大きくなっていき、子供達全員が小学校に入学した頃、その衝撃的な出来事が起きました。

そうです!皆さんにも大きく影響したと思いますあの消費税5%から8%への増税政策です。

小学校は、まだ公立だったので、学費はかかりませんでしたが、地方の公立小学校の教育では、当然、教育方針が古くて、笑ってしまうほど現在では使い物にならないような教育ばかりの上、先生方もお婆ちゃんばかりで最初は驚きました。

これはヤバいと思ったのと、子供達を中学からは中高一貫校に行かせたかったこともあって、塾に通わせることにしました、なので当然、お金がかかります。

そんな最中での消費税アップに、私達家族の家計もアップアップでした。

そこで、私は夫に相談して、家計支援と子供達の教育のため、とは言っても、子供達もまだ小学校低学年だったので、子育てに支障がない様、学校に行っている午前中だけになってしまいますが、パートに出ることにしました。

そこで、私は酷い会社ってのが実在することを体験しました。

初めて、私がパートに行った職場が酷い会社で地獄そのものでした。

そもそも時給が最低賃金だったのですが、初めてのパートで勝手も分からず焦ってしまったのと、その職場は、倉庫の2階で、10畳ぐらいの空間に長机を並べて、パートの女性たちがそこに配置されて、主にカタログ販売で見るような小物商品や薬品等の梱包を行う業務でした。

最悪だったのは、過密過ぎて息苦しかったのと、空調が全然効かないので、丁度、夏季だったこともあって、汗だくで働いていたこと。

商品の種類が多彩なのに、何一つマニュアルがなく、リーダーのゴリラみたいな女性が思いついた方法で梱包して行くと言う通常では考えられないような怪しい職場だったのです。

またお察しの通り、そのリーダーのゴリラは、凄い感情の起伏が激しいので、こちらも無駄に気を使って、仕事よりも精神的に疲れ果てました。

正直、私自身がそのような変な癖のあるリーダーの下で働いたことやライン現場業務をしたのが初めてだったので、最初は慣れれば何とかなるかなと甘く考えていました。

しかし、朝9時から12時まで、毎日毎日、そのゴリラと一緒にいるだけで気分が悪くなってしまい、結局は3カ月で退職しました。

その職場の仕事帰りに聞いた話しでは、あの職場はあの変なゴリラみたいな女性リーダーが居るので、辞める人が絶えず、年中パート募集しているとのことです。

私もとりあえず焦ってその募集に乗ってしまったこともあって、少し反省し、パートとは言え、長く働くことを考えたら、やはり自分に合った仕事で事前によく確認してから選ばないと、今回の様に、社会の底辺の中の更に最低な職場環境を体験してしまうのだなぁと猛烈に反省しました。

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