忘れられない亡き祖母への想い

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忘れられない亡き祖母への想い

今では私も関東地方で2人の子供を持つ母親になり、夫の実家で夫の両親と同居していますが、かつては東海地方にある実家で父親の両親と両親、3歳年上の兄と私で同居していました。両親は共働きだったこともあり、兄は祖父と私は祖母と一緒に居る時間が長く、祖母からは掃除洗濯炊事といった生活する上で必要な事柄を多く教わりました。そんな暮らしの中で、私が高校3年生の時に忘れられない辛い事故が起きました。

それはその日だけ何故か学校下校直前で週末に行われる学園祭の準備の手伝いを同級生から頼まれて下校が遅くなり、バス通学だった私は、バスの時間に乗り遅れてしまいました。仕方なく自宅に電話して、同居していた祖父に車で迎えに来て欲しいと頼みました。そして、祖父は喜んで迎えに来てくれました。学校から自宅までは車で40分程度の距離でした。自宅に到着後、私は2階の子供部屋に行き、休んでいました。

その頃、兄は関東の大学に行って寮生活だったので、兄と共同だった部屋は実際には私だけの部屋でした。暫くすると1階のお風呂場から祖父の悲鳴が聞こえました。そして、救急車を呼ぶ様に頼まれて慌てて私は119番に電話しました。祖母がお風呂場で倒れていたのです。救急車が来るまで、電話で救急隊員に指示されたまま祖母の胸を心臓マッサージしていました。当然、今までやったこともないし誰にも教わったこともなく、どうして良いか分からず、ただただ倒れたまま動かない祖母の息が吹き返すことだけを祈りながら自分の記憶にあった見よう見まねの心臓マッサージを必死に続けました。祖父は何も出来ず祖母の名前を叫びながら泣き崩れていました。

救急車到着後、祖父と共に救急車に乗り、市立病院に到着し、電気ショック等の緊急対応処置を施してもらいました。しかし、祖母は帰らぬ人となりました。祖父の話によれば、祖母は畑仕事を終わらせた後、お風呂に入っていた様で、普段から昼間お風呂によく入っていたとのことでした。その時もまた同じ様に、祖母はお風呂に入っていました。違ったのは、私が祖父に学校まで迎えをお願いしたことでした。きっと迎えに行ってる最中に祖母はお風呂場で血圧が急低下して気絶し、お風呂の中に沈んでしまったのではないかとのことでした。それを祖父が気が付き、浴槽から引き出しましたが発見が遅れたのが致命的で、死亡届の死因は溺水と言う不慮の事故でした。病院では、最終的に私と祖父が付き添いのまま死亡判断されました。あの時は私も大声で泣き崩れました。

あれから早いもので約30年、あの時に何故いきなり私が学祭のお手伝いを頼まれたのか、そして、徒歩や電車ではなく祖父に迎えを頼んでしまったのか、いつも通り祖父がそばに居れば、気が付いて祖母は助かったのではないのか、結局、私が祖母を殺してしまったのではないか、今も悔やんでおり、いつまでもあの辛い体験と苦しみは消えません。

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