グダグダの親不孝だった私

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私の反抗期は随分と長かったように感じます。
それまでは、親の言う通りにして生活していて反抗することなんてなかった。
親の愛を欲しがって言う通りにしていたけれど、親は一向に私に愛情を向けてくれない。

そんな気持ちを抱えて高校生になった途端に、分かりやすく不良の道へまっしぐら。警察のお世話になる事もあったし、学校に親が呼び出されていた時もあったし、プチ家出をして両親に迷惑をかけた時もありました。

それでも、私は更生しようとは思わず学校をサボっては友達の家にたむろしたり、水商売をしたり、反社会的勢力の人達と交流をもった。
親には「ざまーみろ」としか思っていなかった。

高校を卒業して進路で専門学校を選んだ私に親は猛反対。
再び私は親への不信感を抱き、寮のある遠方のホテルの仕事に就きました。
就職したというのに入社式用のスーツの一枚も準備してもらえず、悲しかったことをよく覚えています。

結局、仕事はすぐに辞めてしまい友達の家に転がり込むと再び水商売の仕事をしていると、私の行方を探している母の姿を知りました。
成人式の着物を選んでくれたり、お祝いに時計をプレゼントされたりしているうちに私の心は少しづつ変化していきました。

パチンコ依存、買い物依存に陥ってお金に困っている私に黙って5万円を送金してくれた母。これではいけない。情けない。
自立してくれるなら仕事なんかなんでもいいという親の気持ちを聞いてからは
真面目にホステスとして長年働いていたものの、何となく私の価値観と違う気がして悩んでいた頃に、兄妹から「まともな仕事に就いて欲しい」と言われハッとしました。

ホステスをやっているだけで、自分の店を持ちたいワケでもなく愛人をするつもりもない中途半端だった私は一念発起して、昼間の仕事を探しました。
これが、大きな人生の転機です。

はじめは昼間働く自信もなく不安しかなかったけれど、初めての販売の仕事は本当に楽しかった。給料はホステス時代の3分の1程度だったので欲しい物も買えない状態が続いたけれど少ないながらも貯金できるようにまで家計を見直したりもしました。

実家で親とは不仲だったけれど、昼間の仕事に就いてからは何となく雪解けのように両親との仲も良くなってきたんです。
親の愛情が欲しかった私だけど、逆に親を愛おしいと感じるようになって思いやりをもって家の事も手伝うようになると親子関係は良くなる一方。

自分の人生を振り返った時、反省ばかりだけれど。
親子の関係を修復するのに時間もかかったけど、今ではすっかり仲良しです。
人生はやり直せるし、人は変わる事が出来ると知って幸せです。

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