同居していたドケチな祖母の節約生活で辛くても幸せだったお話。

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同居していたドケチな祖母の節約生活で辛くても幸せだったお話。

母子家庭でしたが母が病気になり、私が小学校4年生の時に母の実家へ引っ越す事になりました。
一緒に住むまでは知らなかった祖母の豪快な節約生活は小学生であった私にとってもやりすぎなくらいに壮絶でした。

洗濯は1週間に1回のみ。夏でも2、3着の服を着回し、下着も替えさせてもらえませんでした。
クラスの人達からも流石にバレて、「くせぇよ!風呂入ってんのか!?」と怒られてしまいました。
入浴も1週間に1回、日曜日のみです。髪も肌もベタベタでした。

就寝時間は21時。この時間になると強制的に電気を消されてしまいます。
中学に上がってもこの生活は変わらず、さらに着用できる衣服はジャージと制服のみ。洗濯も入浴も相変わらず1週間に1度だけでした。
夏のある日に先生から呼び出され、「〇〇さん、他の生徒から臭いと相談を受けています。ちゃんとお風呂に入ってくださいね」と言われてしまいましたが、家での主導権は祖母が握っているので母も私も何も言えず、ただ従うしかありませんでした。

このように衛生面で虐待なのか節約なのかも分からないような異常な節約を強いられてきましたが、母の収入と祖母の年金で生活をしていた為家計が大変で、母もいつ倒れてもおかしくない病状だった為祖母が私達の事を考えて必死にやりくりをしてくれていたのだな、と今は思えるようになりました。

悪い事ばかりではなく、食事だけは「ちゃんと食べなさい!」といつも言われていて、食卓は満腹まで食べられるように、栄養が偏らないようにと多数のお菜を作ってくれていて、すぐに風邪をひいて高熱を出してしまう体質だった私も風邪をひかなくなり、今も健康に過ごせています。

母は私が中学2年生の時に他界してしまいましたが、学校で必要なものも全て新品を揃えてくださり、中学校の卒業間際に3年間の合唱コンクールの音声を収録したDVDも「最後の思い出だから買ってやる!」と言って快くお金を出してくれました。

洗濯や入浴ができないのは辛かったですが、学生生活では物に困る事はなく、今こうして楽しく生きていられるのは祖母のおかげだと思います。
母が亡くなった後も私を施設へ入れる事もせず、学校も卒業させてくれた祖母へ恩返しをしたいと思い、食事や旅行へ出掛けて一緒にいる時間を大切にしています。

私自身も衛生面にはとても気を使うようになりましたが、人が触りたがらないものや嫌がるお仕事もすんなりできるようになったので、学生時代の節約生活は自分の成長にも繋がっているとポジティブに考えています。

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