言われた方は一生忘れられない。不幸な姑を持った私の体験

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言われた方は一生忘れられない。不幸な姑を持った私の体験

初めて姑に会ったのは結婚を決めた後でした。
夫の家では父親が圧倒的主導権を握っているようだったので、義父から結婚の許可が出るまで時間がかかりました。しかし会ってみるととてもステキな義父で、上手くやっていけそう、と安心しました。
義母とはあまりしゃべらず綺麗な人だな、と思う程度でした。

すぐに子供に恵まれ、女の子と分かったので電話をしたところ何よりも先に言われたのが「あなたは長男の嫁なんだから男の子を生まなきゃ」でした。
これが、お義母さんから姑に変わった瞬間でした。
子供が生まれれば「全然可愛くない」「全然息子に似ていない」「子供は好きじゃない」マイナスの言葉ばかり言われ続け、電話もしたくなくなりました。
それはそれで文句を言われます。

義妹に子供が出来たら、もう大変でした。
明らかな可愛がり方の差別。
義妹の子供には指差したものは全部買い与えるのに、うちの子には一円も使ってくれません。
写真も義妹の家族の写真は飾るのに、うちの子の写真は受け取るだけで、見てもくれません。

きっと姑は、一言二言は良いことも言ってくれているのでしょうが私にはもはや何も聞こえなくなってしまいました。
泊まりにいけば「あななは嫁なんだから」ばかりいわれ、わざと食事が出されないことも多々ありました。
「あら、あなたの分がなかったわね」そればかりです。
「ダイエット中なんで気になさらないでください」と笑顔で切り返すのも楽勝になりました。

姑はお金に困っている生活をしていなかったことが救いです。
毎月、自分で自由に使えるお金が何万円もあるらしく、とても羽振りがよいことが、生活をみていてわかります。
義妹や義妹の子供には湯水のようにお金を使っています。

義妹には遊びに行くたびにお金を渡しているのを見てしまいました。
私には手土産を要求した上で「美味しくない」など文句ばかり。
義妹家族が旅行に行きたいと言えば、義母が旅費を援助してくれるですが、うちの子たちには駅に行く時の送迎すらしてくれず「バスを使いなさい」と言ってくるのです。

外孫と内孫の違いや贔屓がひどいと悲しんでばかりですが、夫もきっと同じように感じているはずです。
夫の方が悲しみは深いでしょう。
夫とこのことについて話したことはありませんが、私が義実家に行きたくないと言っても素直に応じてくれるのは、十分分かってくれているのでしょう。
もう15年経ちますが、何も変わっていないどころかますます差別はひどくなっていくばかりです。

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