大地震に遭遇したあの時

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大地震に遭遇したあの時

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大地震に遭遇したあの時

私は熊本地震を経験しました。

前震と本震という二度の地震にあったのですが、二度目の地震の時にはさすがに生きた心地はしませんでした。

・入居者を病院に運ぶ

私は福祉施設で働いており、一度目の地震(平成28年4月14日21時26分)で施設が崩壊寸前となり、入居者を所属している病院に車で移動をすることになったのです。

移動中も余震が続き、車は揺れ、私が運転を過ったらみんなを事故に巻き込んでしまう、きっとこの地震で怪我している人が多いから事故っても救急車は来ないなどと考えながらも恐怖のなかでハンドルを握ってました。

大きく揺れる車を、本来なら車で5分ほどで到着する病院まで、安全な道を選んだこともあり15分以上かかりました。

停電していつもの道にヒビも入り、さまざまなものが落ちている状況は悪夢で生きた心地はしませんでした。

帰宅したのは明け方です。 一人暮らしの家に帰ると棚などが落ちて悲惨な状態。

しかし、ありがたいことに停電はしていなかったので片付けをしたり、知り合いの生存確認の連絡に追われて興奮状態のなかで休むことができたのは昼の12時を過ぎていました。

・本震が襲う

地震から全く眠ることができないなかで、余震はあるものの眠ることにしたのですが、疲れきった体を休ませようとしたとき、携帯電話の地震速報が鳴り響き、数秒で大きな揺れ、本震(16日1時25分)が襲ったのです。

大きな揺れのなかで片付けたものが無惨にも落ちていくのを見ながら、さすがに恐怖を感じ家にいては危ないと思い、余震と地震速報が鳴り響く恐怖のなかで貴重品をもって外に出ました。

高齢者の方がおろおろして外にいるのを見かけて声をかけ、近くの病院の駐車場が広くて倒壊の危険もないので行きましょうと二人で向かいました。

全く知らない相手でしたが、私も怖くて震えていたので、仕事の感覚で人がそばにいることで冷静になることが出来るとも思い、その方と病院の駐車場に行きました。

同じように集まっている人が多く、余震の警報が鳴り響き、子どもは泣きじゃくり、電話に対応をしている人、大切な人と連絡がとれないと慌てている人を見て、地獄とはこの事かと呆然としてしまいました。

いつもの風景が、いつも歩いている道が塀などが落ちて悲惨な状態。

・まとめ

まさか自分がこんな光景を目にすることになるとは思わず、まさに悪夢を見ているのではないかと、今あの光景を思い出してもゾッとします。

警報が鳴り響きながらの避難は早く逃げないと命が危ないと煽られているようで、生きた心地は全くせず、今でもあの警報音はトラウマです。

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