東日本大震災で親戚との不仲を解消

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東日本大震災で親戚との不仲を解消

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東日本大震災で親戚との不仲を解消

当方の実家(本家)は、昔から親族やら親戚等とあまり仲の良い実家ではありませんでした。

それは子供ながらに感じておりました。

 例えば、何か集まり(パーティー)があるのに、自分だけ誘われない。

それこそゴールデンウイークやら夏休み等で遠出する時も、自分だけ誘われない。という感じでした。

 「何で僕の家だけ誘われないだろう?」と思い、唯一良き理解者である叔母に相談をしました。

 そうしたら叔母は、「あのね。●君の家は裕福でしょう?商売しているから。

だから皆、ひがんでしまって声をかけてあげないんだね。かわいそうに」といって、僕とドライブに出かけてくれたことは、今でも鮮明に覚えております。

・立食パーティーの思い出

 そんな怪しい雲行きの中で、僕の家が主催する立食パーティーがあり、形式的に親族やら親戚等を呼びました。

 その立食パーティーでトラブルが発生!親戚の一人が、「料理がまずい!」・「サービスが悪い」「料理に差をつけやがって!」と騒ぎ出しました。

 一人が騒ぎ出すと、「赤信号はみんなで渡れば怖いくない方式」で周囲の方々もいちゃもんをつけてきました。

 責任者の父親が対応しましたが、聞く耳を持ってくれているようではありませんでした。

父親は紳士なので場を丸く収めましたが、悲しい顔をしておりました。

 父親に雇われている従業員の方が、父親を見ていられなくなったのか「お客様!根も葉もないことでパーティーを台無しにされても困りますので、どうぞお帰り下さい!」と結構な剣幕で追い返しました。

 このパーティーの事件にて、ますます親戚中と疎遠になってしまい、息子の僕からしても悲しかった思い出であります。

 人間生きていると、本当にこのように家庭での悩みは尽きないものなんだなぁと・・・

・東日本大震災発生

 そうしている時に起きてしまった、3月11日の東日本大震災。

何とか自分の家やら会社等は大丈夫でした。今でも会社は機能しております。

 父親はあんなにも酷い扱いをされた親戚の事を心配しておりました。

そこで父親はありたっけの物資等を持ち、安否確認をしながら親戚の方々を助けました。

 しかもなりふり構わず。もちろん、僕も父親の手伝いをさせてもらいました。

少しでも役に立ちたいし、無事でいてほしかったのです。

 そこで両者の間に絆が芽生えるようになりました。

 とある親戚のおじさんは父親に、「あんた・・・悪かったな。俺たちに酷い扱いをされたのに、助けるなんてふつうはできないよ。負けたよ。ありがとう」という事で、今は仲良く行ったり来たり、やり取り等があります。

・まとめ

 このような事がきっかけで家庭の悩みであった、親戚との不仲を解消して、とても仲良くなり良い付き合いが出来るようになりました。

 皆さんも不仲等を解消したい方は、きっかけ作りをしたり、きっかけを探してみてもいいのではないでしょうか。

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