リカちゃん人形を買ってもらえない貧乏だった子供時代

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リカちゃん人形を買ってもらえない貧乏だった子供時代

私の実家は貧乏でした。

私の父は地元にあった個人経営の弁当屋さんで働いていましたが、毎月の手取りは20万円程度で、私の母はパートであちこち職を転々としながら働いていましたが、それでも手取り5万円程度でした。

更に、家族は両親と私と10歳年下の妹の4人家族で、昔から低所得だったため、とても民間のアパートを借りて生活が出来なかったので、市営アパートで暮らしていました。

私が最初に貧乏を痛感したのは、まだ妹が生まれていない幼少期の段階で、既に好きなおもちゃを買ってもらえなかったことでした。

例えば、いくつかある貧乏エピソードの中でも一番記憶に残っているのが、リカちゃん人形を買ってもらえなかったことです。

私が住んでいた市営団地で、同じ保育園や小学校に通っている女の子たちの殆どが、当時流行していた「リカちゃん人形」を持っていました。

当然、私も欲しくなりました。それで、両親に「みんなリカちゃん人形を持っているから私も買ってほしい。」とお願いしました。

何度かお願いして、やっと買ってもらえることになって、母親と一緒に駅前のデパートに市営バスに乗って出かけました。

そして、そこのおもちゃ屋さんで念願のリカちゃん人形に触れたのです。

これで「やっと私もリカちゃん人形で、近所のお友達と一緒に遊べる。」と一瞬、喜びました。

ところが値段を見た母親が、「こんな高いのはうちの家では買えないよ。」って言いました。

それまでぬか喜びしていた私は、一気に地獄に突き落とされ、大泣きしてしまいました。

見かねた母親が、「それじゃこっちじゃダメなの?」そう言って指をさしたのが、いつまでも忘れない「こえだちゃんと木のお家」でした。

結局、私の家の所得では、リカちゃん人形は買ってもらえず、代わりに「こえだちゃんと木のお家」になりました。

買ったその日から1週間ぐらいは、その妥協して買った「こえだちゃんと木のお家」で遊んでいました。

でもお友達と遊ぶとみんなはリカちゃん人形で着せ替えごっこをしているのに、私は出来ず、やっぱり本当に欲しかったものではなかったので、せっかく買ってもらいましたが段々買ってもらった「こえだちゃんと木のお家」では遊ばなくなり、文句ばかり言っていたら、「もう2度と買ってあげないからね。」と両親に怒られてしまいました。

それから私はもう2度とおもちゃを要求しませんでしたし、買ってもらうこともなくなりました。

今でも、リカちゃん人形を見ると「こえだちゃんと木のお家」を思い出し、好きなおもちゃも買ってもらえない貧乏で辛かった我が家を思い出します。

やっぱり貧乏は嫌だと思った幼少時代でした。

その他にも私の貧乏エピソードは数多くあり、思い出すと悲しくなるので止めておきます。

今では私自身が大企業に就職出来、結婚もして比較的裕福な生活になったので、全て懐かしい笑い話になっていますが、本心から好きなことが何もできないし、両親がお金のことで喧嘩ばかりしている生活だけは勘弁願いたく、貧乏はもうコリゴリで嫌だと思い続けています。

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