私には、忘れられない嘘があります。それは、私がまだ20代前半の時でした。
その頃の私は、バイト先の先輩との交際がスタートしたばっかりで、毎日が楽しくて仕方がありませんでした。
そして、デートする度にそのことを友人のSにのろけ話として話していたんです。
最初は、ニコニコして話しを聞いていたSなんですが、だんだん彼のことを悪く言うようになったんです。
「彼、あなたには合わないと思う」と、言い出したんです。
彼は趣味で音楽をしていて、週末というと、ライブハウスで演奏をしていました。
Sには、そのことが引っ掛かっていたみたいなんです。
「もっと、真面目な人を選んだ方がいい」
そうアドバイスをされても、私には納得ができませんでした。
でも、彼女が私のことを心配してくれていることはわかりました。
ある日、2人でよくいったバーにSを誘ったんです。
すると、Sが僅かな間の後、その店が閉店したと言うんです。
私は、かなりショックを受けました。
そこのマスターがとても人柄が良かったので、また会いたかったんです。
でも、閉店したなら仕方がないと思いました。
「しばらしたら再開するらしいよ」
Sの言葉を私は信じました。
ところが、ところがです。たまたまマスターとバッタリ会って話を聞いていると、店は閉店していないらしくて、Sは頻繁に店に来ているそうです。
なぜ、Sは私に嘘をついたのか、その理由が私にはわかりませんでした。
そこで、翌日。私はバーに行きました。
そして、そこで信じられない光景を見たんです。
彼が、知らない女性とくっついてお酒を飲んでいました。
そして、私の顔を見るなり、いきなり土下座したんです。
「ごめんっ。出来心だったんだっ」
相手はバンドのファンで、かなりタイプの子だったそうです。
「Sに聞いたんだろ?口止めしておいたのにっ」
そこで、私は初めてSもこのことを知っていたことを知りました。
そして、これまでのことに納得もしました。
急に、彼との交際を反対したのは、彼の浮気を知ったから。
そして、私が傷つかないように、わざと憎まれ口を叩いたり、店が閉店したなんていう嘘をついたのです。
私は、Sの優しい嘘に感謝しました。
彼女は、彼女なりに私が傷つくことを心配してくれていたのです。
私は、彼とその場で別れました。
そして、Sには彼が忙しくなったからという嘘をついたのです。
Sが一生懸命隠した嘘を、私が壊すわけにはいかないのです。
Sはホッとしたような笑顔を浮かべました。
「また、あのバーに行きたいね」と、私が言うとSも嬉しそうに頷いてくれます。
私は、Sの嘘に彼女からの友情を感じました。