突然だった母親との別れ 

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突然だった母親との別れ 

私が20歳で母が45歳の時、母は糖尿病と診断され、その後、病院に通わず放置していた結果、腎臓が動かなくなり、人工透析をすることになりました。

腎臓が本来働いていれば、全身の血液を洗浄するのですが、これが機能しなくなると、週に2回程度、全身の血液を人工的に入れ替える必要があり、そのため、人工透析と呼ばれる腎臓に代わる機械で、治療を受けることになります。
私の母も、この人工透析を受けることになりました。

私の家は地方都市の郊外だったので、病院までの移動は基本的に車でないと、大変不便です。
それで、週に2回、母を人工透析のために車で送迎することになりました。
私もまだ高校を卒業後、地元の自動車部品会社に就職して働いていたので、なかなか休むこともままなりませんでしたが、職場に事情を話して定期的に有休をもらって、母親を病院まで送迎していました。

そんな母親との別れは突然でした。
私は、母親が人工透析をやり始めてから約7年が経った頃、隣県の男性とお付き合いが始まっていて、母親の世話がおろそかになっていきました。
そのことに気が付き始めた母親は、不便さを感じて段々機嫌が悪くなり、よく怒る様になりました。
でも私にも私の人生があり、もうこれ以上、母親に縛られた人生を続けて行って、結果、自分の人生をダメにしたくないと思っていて、しょっちゅう親子喧嘩をするようになり泣きました。

そんなある時のことです。私はお付き合いしている彼と今後の事を話し合いました。
今の家の事情や母親の事も話しました。
そして、彼も私の考えを理解してくれていました。
お付き合いが始まって、約1年が経った頃、私たちは婚約をしました。
そして、半年後に結婚しようと決めました。
双方の家族も祝福してくれて、特に問題はありませんでしたが、唯一、人工透析をしている母親だけは大反対でした。
理由は簡単で、単純に自分の自由に便利に使える娘を、いつまでも手元に置いておきたかったと言うのが本心だったと思っています。

私自身も、正直、彼と一緒になってお嫁に行き、母親の呪縛から解き放たれないとと言う思いがありつつも、やはり自分の母親ですから、私が居なくなってからどうやって病院まで通うのか(タクシーを呼べば良いのですが)等、心配しないと言ったら嘘になります。

色々と複雑な思いを抱きつつも、段々、結婚の日が近づいてきました。
そんな中で私たちは、少しフライングしてしまい、婚約後に妊娠が判明しました。
男の子でした。
その結果を母親に話すと、驚きでしたが今まで見たこともないような嬉しそうな顔をしたのでした。
同じ様な年齢になった今では何となく分かりますが、やはり初孫で嬉しかったのだと思います。

そして、暫く実家で暮らした後、その年の12月に私はお嫁に行きました。
やっぱり、借家でありましたが、実家を離れるのは寂しかったです。
でもこれからの新しい人生を、彼とお腹の中の男の子と共に生きて行こうと決意していました。

そして、もうすぐお正月になるクリスマスの頃、実家から電話が来ました。
「お母さんが脳内出血で救急車に運ばれ、危篤状態だよ。」と言うことでした。
直ぐに家族で実家に行きました。実家までは、高速道路で約2時間でした。

病院に到着した時はもう母親は意識がありませんでした。
そして、植物状態で約1カ月経過し、その後、医者や家族での話し合いの結果、もう治らないとのことで、人工呼吸を止めることになり、皆で大泣きしました。
結局、私は最後まで母親に何も言えずに、母親の本当の気持ちを察することが出来なかったのではないかと、ずっと悔やんでいます。

あの時、私がお嫁に行ったせいで、母親は早く亡くなったのかもしれません。
そう思うと、いつまでも心残りではありますが、きっと天国で分かってくれると信じています。

最後にもう一度だけ、話しをしたかったです。
あなたが楽しみにしていた男の子は、今、医学部を目指して頑張っている立派な高校生になりましたと・・・ありがとう、お母さん。

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