学校へ行かなくなった理由

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学校へ行かなくなった理由

幼い頃から貧乏で、電気が止まったり支払いを求めて色々な人から電話がかかったりしていました。

支払いや借金の催促の電話や訪問というものはいくつであっても嫌なものです。

大人になり、支払いができないという貧乏生活から抜け出すことができたとしても、未だに電話の音が苦手で職場でも電話対応をするのを逃げてしまっています。

我が家にはもう借金の返済を求めて誰かが訪れることはないのが分かっていても、玄関のチャイムを鳴らす音を聞くと、ドキドキが止まらなくなります。

そのような何かに怯えた幼少期を過ごしていた私が、最も嫌だったのが学校の支払いができないことです。

幼い頃から大人の嫌な世界を見せつけられていた私は、どこか達観した子供であり、学校の先生からもしっかりものだと言われていたのですが、お金の支払いになるとルーズにならざるを得ませんでした。

なぜならたった1000円程度の支払いも貧乏な我が家には大きな問題であり、準備が出来ずに先生には貧乏だから支払うことができないということを言うのがプライドが許さなかったのです。

自分が忘れましたと言うしかなく、お金に関することにおいてはだらしなくなっていき、お金を持っていくのを忘れているのはちょっと悪そうな子供ばかりであることから、自分もちょっと悪そうな態度をとっていたらお金を支払えないときも仕方ないと思われるのではないかと思うようになり、だんだんとしっかりとしているキャラを崩していくことになったのです。

今ほど貧困な子供にたいして優しくはなかった15年ほど昔の日本では、支払いができないことを強く問い詰める先生などもいたため、学校にまで借金取りがいるような気分で、だんだんと学校へも行けなくなりました。

給食費なども支払えないほど貧乏だった我が家では、親が学校に行かないのであれば給食はいらないので止めてくださいと先生に言っていたこともわかり、ますます学校へ行くことが出来なくなっていたのです。

貧乏が原因で学校へ行かなくなったというのを大人になって母に打ち明けたことがありますが、理解はしてもらえませんでした。

今では実家から離れて暮らしているため、借金取りなどとは無縁の世界にいます。

もう二度と支払いが出来ずに惨めな思いをしたくないため、節約や副業は周りから異様と思われるほど躍起になって行っています。

現在、支払いが滞るということはありませんが、未だに電話や訪問者には敏感に反応するほど貧乏時代はトラウマとなっています。

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