子供の頃、我が家は貧乏でした。父親、母親ともに揃っている普通の家庭なのですが、6人兄弟で食費や諸々の出費が多かったのが原因だと思います。
ちなみに私は6人兄弟の上から3番目でした。
父親は小さな工場に勤めていてそんなに給料は良くなかったと思います。母親は子供が多く何かと世話がかかるので専業主婦でした。もちろん優雅なものではなく朝から食事の支度・掃除洗濯と大忙しでしたが。
我が家は貧乏でもみんな仲が良くて楽しい家族でした。食事などは質素ですがボリュームはちゃんとあってひもじい思いをしたことはありません。
ただ物心がついて友達とかが出来ると、少しずつ自分の家が貧乏でそれが惨めに感じることが出てくるようになりました。
子供の頃私が惨めに感じたことを並べて見ます。
・ウチが小さくてボロい
借家住まいで小さな家でした。自分の部屋など当然あるわけもなくみんな一つの部屋で寝ていました。外観も古びていてとても友達を連れてくることなど出来ませんでした。
・着ているものがお古
基本的に新品の洋服を身にまとうことはありませんでした。古ぼけた洋服ばかりでした。私の通っていた小学校は私服の学校です。小学校低学年の頃まではあまり気にならなかったのですが、小学校高学年ぐらいからは恥ずかしさを覚えるようになりました。
中学校もみんな真新しい制服に身を包む中、テカテカに光った制服を着ていて恥ずかしかったです。
・習い事など通うことが出来なかった
両親は学校の費用を払うのだけで精一杯のようで、水泳とか塾とか習い事をしてみたかったのですが、一切出来なかった。
・お小遣いがとても少なかった
お小遣いが友達と比べるととても少なかった。例えば友達が月2,000円なら私は500円といった感じです。両親は一生懸命私達の事を育ててくれているし感謝もしているし、お小遣いが少ないこと自体には不満はなかったのですが、友達と遊びに行ったりした時にみんながジュースを買って飲んでいるところを、公園の水道で水を飲んだりせざるを得なかったのは辛かったです。
そんな私の貧乏生活ですが、上の兄弟たちが高校を出て働き始めた頃から徐々に改善されて行きました。これまでお金がかかっていた人たちが収入をもたらしてくれるようになったのですから当然の事です。
おかげで私は奨学金をもらいながらですが大学まで進むことが出来ました。
高校をでてすぐに働き出してくれた兄弟には本当に感謝してます。