まだ20代前半の当時、私は居酒屋でアルバイトをしていました。
オープンしたてのチェーン店で、店内は広く、300席くらいはあったと思います。
この地域に出店するのは初めてのお店で、慣れたアルバイトさんがヘルプに来てくれることはなく、私達アルバイトは全員初めての居酒屋勤務、社員2名も新入社員という状態でした。
オープン前に研修はありましたが、いざ営業が始まり本番を迎えると、研修での5倍は動き回らなくてはいけないほど忙しく、私達はみんな毎日へとへとでした。
それでも全員若くて10代後半~30代前半のメンバーでしたから、なんとか忙しさにも仕事にも慣れ、だんだんと滞りなくお店を回していけるようになっていきました。
仕事に慣れ3ヶ月ほど経ったころでしょうか。
インフルエンザが大流行している時期でした。
お店のメンバーが1人インフルエンザにかかったということで休み、1人抜けるだけでも大変だよねーなんて他人事のように話していましたが、翌日から2人、3人と感染しはじめ、数日後にはメンバーが3分の1になってしまいました。
学校とは違い営利企業であるうちのお店はしばらく閉めるなんてことはしませんから、動ける者がお店をなんとか回していかなければなりません。
私は全く感染せず元気な組でしたから、休んだメンバーの穴埋めのためにも休日返上でシフトに入り、一体何連勤したことやら…もうとにかく大変でした。
お店は連日大繁盛しているなか、私達動ける者はもうみんな毎日必死でした。
しかしなにせ人手不足、お客様にご満足いただけるはずもありません。
お客様へのお料理の提供も滞りがちになり、片付けにまでは当然手が回らない状態でした。
料理は来ない、来ても遅い、空のお皿は片付かない、店員は呼んでもなかなか来ない…お客様方は大怒りの嵐です。
お会計のレジへ行くひますらなく、レジでは呼び出しベルを何度も何度も鳴らされ、やっと行けば遅いと怒鳴られる始末…お客様からしたら、そりゃそうですよね。
体力的にも精神的にも全員が限界でした。
もう泣きそうになりながら、ちょうど今帰ろうと数人腰を上げたお客様方のテーブル横を通った時、テーブルの上を見て衝撃を受けました。
空のお皿たちが整然と積み上げられ、しかもテーブル全体を片付けやすいように配慮された形に、整えてくれていたのです。
ただ単にお皿を積んであるだけと逆に片付けにくかったりすることもあるのですが、そのテーブルのお客様方は私達店員の気持ちが分かっているかのようでした。
そのお客様方は誰も何もおっしゃいませんでしたが、私達店員にはお気持ちが直に伝わりました。
会計レジに向かい、感謝の言葉を述べると、大変だね頑張ってねとひと言だけ、穏やかに返してくれました。
あのときの体験は心に沁み、私もこのお客様方のような心の広い人間でありたいと強く思い、自分の行動を選択するひとつの指針となりました。
今でもとても感謝しています。