いっそのこと早く◯◯でくれないかしらと祈る日々

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私が子供の頃の母と姑である祖母のお話です。

祖母は生きていれば80過ぎの田舎のお婆さんですが、女学院を出たというのを自慢と誇りに思う女性でした。

戦後で没落しましたが、由緒正しい祖父の家に嫁ぎ、孫は長男以外は不要と考える程の長男教(長男は家の跡を継ぐと共に、同居して両親の面倒を当然みるべきとする考え方)でした。

一方の母は高校卒業後は料理学校に通った程度の学歴の為、長男の嫁である母は全てにおいて小間使いさんで、人権なども無く、子供心にも私は祖母が大嫌いでした。

幸いな事に祖父母とは離れて暮らしていましたので、顔を合わせるのは、盆暮れ正月程度ではありましたが、私を含め、母は帰省するのが大嫌いな様子でした。

私には年子の兄がいるのですが、祖母は帰省して兄に会うと「よく来たねー!大きくなったねー」と頬ずりして心底嬉しそうにしますが、その後ろにいた私(当時3歳)には「あれ?あんたも来たの?来なくてよかったのに」と無表情で言い放つような人。

私はまだ分からない年齢でしたが、そんな対応を帰省の度にされる母の心はいかばかりだった事でしょう。

お中元を送っても気に入らないと送り返され、お歳暮は帰省していた娘に母の目の前で封も開けずにいらないからと渡される。

私が小学生になってからは、兄には食後にフルーツを出して好きなだけ食べて!とにこやかにするのに、私が手を出そうものなら、手を叩かれる、唐揚げは祖父、父、兄、祖母で揚げたてを食べて、私と母には鶏皮のカスの唐揚げのみと言う事も。

私も段々と年を重ねて様子が分かるようになって来たので、どうして嫌な思いをして年2回帰省するのだろうと思ってはいましたが、まだまだ子供なので、田舎に行けて楽しい事もあり、絶対嫌だ!行きたくない!とまでは思いませんでした。

そう、あの日が来るまでは。小学3年生の事です。

祖母は異常に潔癖な所があり、靴下が少しでも汚れているとぶちぶち文句を言うのですが、たまたま外から帰って来た私の靴下が汚れていたらしく、それを見つけて凄い勢いで怒られると同時に「あんたはなんでまたうちに泊まりに来たの!あんたなんか生まれて来なくて良かったのよ!」と叫ばれて、呆然としていると母が泣き叫びながら、言葉にならない罵詈雑言を祖母にぶつけて、飛びかかりました。

祖母は尻餅をついてもまだ文句を言っていましたが、流石に父もそんな祖母に激怒し、旅行の日程を繰り上げて、「もう二度と来ない!」と私達家族は祖父母の家を飛び出しました。

母は実の息子である父にはどうやら祖母の悪行を話していなかったようで、父はうっかりさんなので、私や母がそこまで嫌な思いをしているとは知らなかったようです。

それから数年後、祖母は亡くなりましたが、母は自分だけなら年数日の我慢!と耐えられもしたが、自分の子供への振る舞いはどうしても耐えられなかった。

あんな事ならもっと早くから縁を切っていればと今でも恨んでいるそうです。

早く◯◯で欲しいとずっと神社へのお詣りで願っていたと聞いた時は、母がとても可哀想になりました。

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