酷かった養護施設

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酷かった養護施設

私は今は学校の先生である主人と長女はもう社会人となり、長男は大学生である家族の専業主婦です。20代後半で主人とお見合いして、その後は主人を支え、子供達を育てて来ました。そこに至る前の酷かった職場のお話しをします。

私は高校を地元の進学校卒業後、大学で心理学を学んだ後、地元の児童養護施設に就職しました。いきなり結論だけ言えば、そこは完全なブラック職場でした。職場の先輩達は意地悪な人ばかりで、子供達も親が居ないせいか殆どの子供達が冷めている感じで、施設自体が常に暗い雰囲気に包まれていました。それでも私は当時としては初めて4年生大学の新卒採用と言うこともあり、将来の幹部候補として教育を受けていました。でも職場自体はいわゆる3Kで、サービス長時間労働できつく、職場も汚くて、そして気が狂った様に暴れる子供達も居て危険で、時々洒落にならないくらいの生命の危機も感じていました。

そんな過酷な労働環境ながらも最初は希望に満ち溢れ、必ずこの児童養護施設を良くして偉い管理職になりたいと思っていました。でもそんなやる気や希望が崩れるのには、それほど時間は必要ありませんでした。
最初の障壁は職場の先輩達でした。先輩達の殆どがやる気がなく、こうしたいああしたいと言った提案をすると、余計なことするなとか、今まで通りやれば良いとか、偉そうに辞めちまえと言った暴言まで吐かれました。残念ながらこの職場は、どちらかと言えば、考えると言うよりもとりあえず文句言わず動けと言ったタイプの人間の集合体であり、本当に酷い職場でした。つまり、そもそも大卒で働く意味のある職場ではなかったのです。恐らく理論派の大卒は、完全な経営側や市の役人の人達だけで充分であり、暴れる子供達が集まる児童養護施設の現場自体には不要だったのです。

それでも何とか良くならないかとパソコン導入や心理学の観点からも色々提案はし続けていました。しかし、全て無駄だと却下されてしまい、最後は職場の仲間からも完全に無視されて、私はストレスで食べ過ぎて動けなくなるほど太り、過食症から鬱病を発症してしまい、退職せざる得なくなりました。残念ながら私の夢や希望は現実社会の前に崩れ果てました。もうあの頃の先輩達から受けたイジメや精神的な苦痛、更には暴れる子供達から受けた暴力も今では思い出したくもありません。
その後、何とか今の主人と結婚し、子供達にも恵まれて平凡な日々を取り戻すことが出来ましたが、あの地獄の様な日々を忘れることありません。私の様な辛い経験をせぬ様に、養護施設を始めとした関連施設への就職は、十分事前確認して慎重にお願いします。

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